カンブリア宮殿|百貨店は死なない「J.フロントリテイリング」の売り場改革とは

大丸
大丸 / 池田隆一

JR東京駅に隣接する「大丸百貨店」は、1日に5万人の人が訪れます。カニチラシや焼肉ビビンバなどお弁当の数は1000種類あります。

カンブリア宮殿では、百貨店不況に負けない売り場を作った「Jフロントリテイリング」の山本良一社長が登場しました!

 デパ地下の戦略とは

デパ地下での人気商品は、フランスのポール・ボキューズの惣菜店の“ローストビーフ パヴェ仕立て”です。大丸松坂屋だけが契約しているオンリーブランドです。

ミート矢澤は、ステーキとハンバーグの名店です。“極味弁当”は、極上のステーキとハンバーグが入って9,980円という値段で販売しています。

創作鮨処タキモトは、“豪華トリプルスリー ミルフィーユ”が売れています。新鮮な魚介が幾重にも重ねたミルフィーユ弁当2,268円です。

牛たんのかねざきは、“厚切り牛たんステーキ弁当”2000円を販売しています。1頭で6枚しかとれない部位を使っています。

大丸のデパ地下には、こうした他では手に入らないお店が並んでいます。仕掛け人である重村武秀さんが口説き落としたお店ばかりなんです。

リッチのニーズを徹底的に分析することで、年間100憶円をデパ地下で売り上げています。

百貨店の厳しい現実

バブルが崩壊後に様々な業界に価格破壊を起こす小売りが現れました。郊外には巨大なショッピングモールが現れて、お客さんを集めて行きました。

百貨店には厳しい現実があります。三越も3月に2店舗を閉店してしまいます。大田区の「ダイシン百貨店」は、昨年に営業を終了しています。

2010年以降に閉店して百貨店の数は40店舗以上あります。1990年に百貨店の売上高は9.7兆円ありました。それが2015年には6.1兆円と減少しています。

そんな中で大丸松坂屋を率いる『J.フロントリテイリング』は、年商1兆1600憶円と業績を伸ばしています。

J.フロントリテイリングの戦略

2007年に大丸と松坂屋が経営統合します。J.フロントリテイリングは、全国に19の百貨店を持っています。百貨店グループの売上一番である三越伊勢丹HDに迫る勢いです。

大丸東京店

「大丸東京店」は、年間3700万人の人が訪れています。東京ディズニーランドとディズニーシーの来客数より多い数です。

大丸東京店の1階には、東京駅を利用する人がお土産を買いやすいようにスイーツを置いてあります。ここにも大丸にしかない商品があります。

他の百貨店の1階には、化粧品売り場があります。それを2階に持っていくことで女性客は利用しやすくなりました。人通りがなく男性も少ないから入りやすいのです。

8~10階には東急ハンズが入っています。旅行グッズや紳士服など関連商品を置くことで買い回りを狙っています。

5階の婦人服売り場では、デパートらしいアパレル商品が並びます。その奥には格安のファストファッション「ZARA」が入っています。近隣で働く丸の内OLを意識しています。

立地を研究したし尽くした戦略がJ.フロントリテイリングの得意技です!

松坂屋名古屋店

名古屋市栄区にある「松坂屋名古屋店」は、100年の歴史があります。売り場改革を行って年間400万人利用する人が増えました。
大丸
大丸 / 池田隆一

婦人服で埋めつくされているはずの中層階に家電量販店が入っています。栄地区には家電量販店がないため住民の悩みを解決するべく大胆な改革をしました。

おもちゃ売り場では、ポケモンセンターを作りました。ぬいぐるみやゲームなど、ポケモンがあるから百貨店に来るお客さんもいます。

今の子供が求めている、今の時代のおもちゃ売り場を考えた時に百貨店にポケモンがあってもいい!
概念を壊さないと前には進めない、守っていたら衰退する一方です。…山本社長…

 マーケティングの必要性

大丸東京店の弁当の数の多い理由とは?

“百貨店はかくあるべきだ”と1階には化粧品があり2階には婦人服と金太郎アメのようにつくるのではなく、マーケティングをして店づくりをしていく。

東京駅は弁当を買う需要もあればお土産を買うチャンスもある。それぞれの店の立地状況によって求められるものが違う。

そこにしっかり焦点を当ててビジネスを展開していくことが重要なことです。その一つが大丸東京店の弁当売り場だと思います。

百貨店の売上低迷の理由とは?

我々がお客の変化に対応できなかったということも1つあります。競合に関しても、かつて百貨店がトップを走っていた時代とは違って郊外のショッピングセンターが増え競合相手も変わってきている。

百貨店が失った“3兆円”は“低価格勢力”に奪われたのでは?ユニクロやニトリ、ドン・キホーテなど昔なかった業態が成長したからではないか?

百貨店同士が競合しあうという状況では全くなくて、他業態との競合が起きている。

 250年の歴史 松坂屋上野店

「松坂屋上野店」は、1768年から同じ場所で商売をしています。江戸時代には呉服屋を営み、それから250年の歴史があります。

明治時代になると洋服が普及します。自由に商品を選べる陳列販売や衣類以外の商品も扱い始めます。変化を恐れない呉服屋が百貨店へと進化しました。

エレベーターには大きなランプや位置をしめす時計の文字盤のような昔ながらのものも残っています。エレベーターガールを導入したのも松坂屋が初めての事でした。

赤字目前からのV字回復する

 

1973年に山本さんは大丸に入社しました。最初に配属されたのは食器売り場でした。1990年代に入って利益が減少していきます。

山本さんは当時の社長から改革を依頼されます。“最小のコストで最大の顧客満足を実現せよ”山本さんが最初に取り組んだのが定員の配置の見直しです。

商品説明のいらないハンカチ売り場からは定員を引き上げて、靴売り場に配属しました。靴売り場のメーカーの販売員も大丸の販売員にしました。

人材を有効活用しながら客の満足度をアップしました。この手法を全店舗に展開することで赤字目前だった営業利益をV字回復することに成功します。

百貨店は日本一の売り上げを誇った時もあるので、でもこれを変えなければこの会社は良くならないと思いました。

一人一人に具体的な仕組みや社長の方針、思いなどを伝えてみんな理解してもらって「これならやれる」と組み立てて、2割くらいの人が「いいかな」と思いだした頃に一気に動き出した。

ギンザシックス

銀座6丁目にあった銀座松坂屋の跡地には、建設中の商業ビルがあります。銀座通りに面して115mある巨大な施設は「GINZA SIX(ギンザシックス)」、4月にオープン予定です。

Jフロントリテイリングが手掛ける商業施設のコンセプトは、“最高に満たされた暮らし”です。241店舗のテナントが入居します。

平翠軒(へいすいけん)

岡山県倉敷市にある「平翠軒(へいすいけん)」は、全国の絶品を集めたお店です。吉田牧場の“ガチョカボロチーズ”や浜作の牛たんシチューなど商品の数は1500点あります。

“ちりめんドレッシング”は、広島県福山市にある「おばんざい木村」の商品です。お店でサラダに使っていたドレッシングを特別に販売しています。

南風農菓舎・デザートハウス

鹿児島県鹿屋市にある「南風農菓舎・デザートハウス」は、地元の旬のフルーツを使ったデザートが食べられるお店です。

ギンザシックスには、地方でしか味わえない贅沢が集結します。

森ビルや住友商事などとオフィス複合型の商業施設を共同開発しました。誰も見たことのない商業施設を目指します。

ここにも他にはないお店作りがあります。4月のオープンまであと少し、とても楽しみな商業施設です。

村上龍 編集後記

幼いころ、コンビニもアウトレットもモールもない時代、週末に家族で出かけるところは、百貨店しかなかった。

衣服や玩具売り場を回り、屋上で遊び、食堂でオムライスを食べた。あらゆるものが揃っている。夢のような空間で、憩いの場でもあった。

だが、百貨店は深刻な帰路に直面している。消滅するか、大きく変化するか、再び「憩いの場」としてよみがえるのか。選択は地域性にも左右される。

「夢のような空間」は復活するのか。可否はおそらく百貨店という業態ではなく、個々の店舗の経営戦略に委ねられている。

消滅か、進化か…村上龍…

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